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嗚呼!!伊藤源三先生

本日ご子息からご親切に葉書をいただいた。

伊藤源三先生は去る7月11日に95歳の生涯を閉じられたと。

昨日のこのブログで先生のことを思い出していたばかりだった。

先生が小学校3年の担任人になって依頼、毎年欠かさず年賀状を書いた。

先生は必ず毎年欠かさず素晴らしい字で年賀状を送ってくださった。

いつも先生が気にして見守ってくれている。

僕にとって伊藤源三先生は守り神のような方だった。

勉強嫌いだった僕が勉強を意識するようになったのは先生のお陰だ。

今の僕があるのは先生のお陰だと思う。

多分、4年前に亡くなった父仙之助と同い年だ。

父もなぜか源三先生のことをよく知っていた。

先生らしい良い先生と言っていたように思う。

そんなこともあって源三先生は僕の誇りだった。

朝鮮の京城師範学校付属小学校教諭を経て半田小学校に来られた。

その後は半田養護学校で教えられたそうだ。

多分その頃に一度お宅をお訪ねしたことがある。

僕の伯母が亀崎の高根に住んでいてその近くに住んでおられた。

いろいろなことを熱心にお話していただいた。

あれからもう長いことお会いしていなかった。

今年も年賀状をいただいた。

今年初めてご子息の代筆だった。

近年はあの素晴らしい先生の字は随分と衰えていたから、ついにそうかと思った。

しかし、元気にしてますとの事だった。

でも、気になっていた。

御健在のうちに是非お会いしなければと思っていたところだった。

嗚呼!伊藤源三先生。

天国から見守っていてくださいね

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コメント

懐かしい伊藤源三先生の書き込み驚きました。引揚後の半田市にも、先生の教え子がいらっしゃったことを嬉しく思います。
私も教え子です。昭和19年から20年まで担任でした。
終戦後は、家庭訪問をして内地の転校先に提出書類を届けて下さいました。
先生がお亡くなりになる数年前電話で元気なお声を聞いたのが、最後になりました。
ご長男敦さんのお名前は敦岩町の敦からつけたとおっしゃっていました。
思いやりのある優しい先生でした。

投稿: みよこ | 2012年12月13日 (木) 18時11分

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