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うーむ!! チト厄介だがおもろいかも!!

 チョッと忙しくなってきた。7月17日から1人、7月28日からもう1人とトライから家庭教師を委託された。それで、ブログ書く余裕が無くなってしばらく書いてなかった。

 2人とも中2だ。中学2年生は身体頭脳の成長の終盤戦に突入している時期である。顔はまだ子供のままだが、身長がぐっと伸びてきて、母親は完全に抜かれている。それで多少の差はあれ、だいたいにおいて第2次の反抗期真っ盛りなのだ。つまり、実力も無いのに自立の精神が芽生え、盛んに親離れのアッピールをするようになっている時期なのだ。Bakabon Mamabaka

 だから、いつもそのような息子に接している母親は今までどおりの可愛い我が子と思って、自分の思うとおりに言うことを聞かせようとすると、「このくそババア」ってなことになって、ギョッとするような息子の言動に躊躇する。

 母親が賢ければ息子の自立心をうまく利用して、可愛い子には旅をさせよ的にある程度子供と間合いをとり、生きていく厳しさを教え、学校で学ぶ意味を考えさせるだろうと思うのだが、家庭教師を頼む親はそんなことには無頓着にタダ程度の良い学校へ行かせようとしている。つまり、勝手に母親が息子の行く高校を決めている。

 「小学校のときはうちの子は100点とってたんですよ。」と現在とのギャップを不思議に思っているみたいだが、できの悪い息子にしたのは可愛がりすぎてあり、ペットのように思い通りにしたい自分勝手さがけっこう大きな原因であって、息子の自立心をどれほど無視してきたかも大きく影響していることに気づいていない。

 一方息子は、自分が決めていることでもないことを親に押し付けがましくされていることとは、親が勝手に言っていることだということでしかない。だから、本物のやる気が生じてこない。自分で考えてないから、勉強をしたいと考えていない。

 そんな親子のすれ違いの思いが正に担当することになった2人の中2には共通している。そして、1学期の成績は1人はオール3であり、もう1人はオール2である。

 だからこそ、母親が家庭教師を頼んだのだが、息子は目の前に親よりはるかに年上の爺さんが現れて、「人間として成長するって聞いたことあるか・・・・・。」と言われてチョッと当惑したみたいだ。

 「お前らは学校で社会に役に立つ能力を鍛えるチャンスをもらっている。しかも中学校ってのはな最低限の訓練だ。人間として社会のお役に立つ最低限の訓練だ。社会に出て、会社に入る。そうすると、必ず上司がいて、仕事を与えられる。好き嫌いは関係なしに仕事しなければならない。これから、先生が上司だと思え。数学や英語の宿題をだすが、お前の仕事だ。チャンとやってないと首だ。わかったか?・・・・・・ 返事は?」「はぃ。」

 まあ素直な良い子達だ。改善できるかどうか不安ではあるが、是非成績をあげさせたいものだ。厄介そうだが、やりがいはありそうだ。

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ともえ草の花、

 今日7月22日は暑かった。ここ恵庭も久しぶりに夏らしいかった。カリスマ山姥は今日もハスカップ採りに出かけることは予想できた。既に今期は23キロも収穫して常連の知り合いには十分に行き渡っているはずなのだが、まだまだ追加の要望があって、今週も何回かハスカップを採りに行くつもりらしい。

 しかし、さすがの彼女も連日の疲れが出て、午前中は家でのんびりとしていた。ナンを焼いて、夕べのカレーの残りを付けて、二人で食べた。

 「今日は1キロくらい採ってきて、たまきさんにあげようと思ってるの。」と家内が言い出した。知り合いの歌の先生のたまきさんが教会の催しでハスカップジャムを振舞うとかで、その支援をしてあげるのだそうだ。

 私はいつもはそっけなく返事するところだが、今日は一緒に過ごしたい気分だったから付き合ってやろうと腹を決めいていた。「車運転してやってもいいぞ。」と言うと、すぐに出かける話になった。行くとなったら彼女のせっかちな性質がもろだしで、「何してんの! 早くして!」てなぐあいで、おちおちトイレにもゆっくりできなくなる。

 彼女の愛車RAV4は既に車庫から出して日当たりの路上だ。ドアを開けるとムアーっと暑い。私もハスカップを入れる容器と長袖のジャケットにナイロンのオーバーパンツそして長靴を荷台に乗せた。雑木林に入る用意をして私もハスカップ採りを一緒することにしたのだ。

 「あなたの採りやすいところに連れてってあげるね。」と今日はどうやらあまり苦労しなくても良いところらしい。彼女のテリトリは何箇所かあるがたいていは林の奥深いところにが多い。「あぁ!あそこか。」「そうよ。帰りにリスの森でアイスクリーム食べようね。」

 車を走らせて、千歳市街から安平橋への近道をしばらく行くと曇ってきた。右折していつもの雑木林の細道を行き、それを過ぎると野原が左手に広がる。そこに車を止めた。

 言うまでもなく、あっちにもこっちにも独特のブルーの実が生っている。約2時間で1.5キロくらい実が集まった。雑木林から出て、野原に出ると曇りだった空がいつしか晴れていた。家内が「あそこ見て!ともえ草が咲いてるわよ。」と指差す。体中に流れていた汗を一瞬忘れた。P504is07940

 リスの森でアイスクリームも食べたかったが、この汗だくではそれどころではなかった。早く帰って風呂に入ることのが先だった。

 帰りに日の出橋を渡って337号線に入ったところでスカイウェイブのようなスクーターが数台走っていた。家内が「あっ!クマバチだ!」「?????ミツバチじゃないのかい。」「そう言ってみただけよ!」なるほど最近確かに一寸排気量が大きなやつになったから昇格したのか。

・・・・・・・・・・・・・

 風呂に入ってから、家内はいつものようにハスカップをきちんとプラケースに測り取って包装し、たまきさんに届けた。喜んでくれたそうだ。

 焼肉しながら富良野の赤ワインで乾杯。今日は良い日だった。

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ありがたい贈り物に感謝

 7月16日海の日。本州では台風4号の脅威が去ったかなと思ったら、10時13分中越沖地震が発生のニュース。その煽りで柏崎刈羽原発が火事と放射能漏れの事件発生。大変な祝日だった。

 そんな災害をよそに、ここは素晴らしく青々とした快晴の朝だった。我がカリスマ山姥の友人から“日本一おいしいラスク”が届いた。しばらくしたら別の友達が完熟のサクランボを届けてくれた。

 今年はハスカップが豊作みたいで、家内はせっせとハスカップジャムを作っては友達に持っていったり、送ったりしている。そのお陰でお礼なのか物々交換なのか知らないが我が家では滅多に買わない代物が手に入るのである。Photo_7

 確かに、貰ったラスクはプレーンだけでなくガーリックだのオニオンだのショコラの味付けしたいろんな種類があって、口当たりもよく、おいしいのでパカパカと口に運んでしまう。このラスクは愛知県の友人がなんと山形市の㈱シベールに発注して送らせたものだ。へぇっと思ってしまった。昔なら全く考えられない贈り物だと思う。今や、ITで全国の商品がいつでも何処でも注文できる。このシベールの元気印ラスクフランスは確かに全国区で人気が出るだけの価値があるなと思った。ホントさくさくとおいしいです。あっという間になくなりそうである。Photo_8

 また、貰ったこのサクランボ、なんと甘いことか。いつもアメリカンチェリーの方がおいしいと思っていたが、こりゃ格別にうまい。一寸、googleで調べたら、こんなにサクランボの種類があるのかと感心した。サクランボ(オウトウ)の種類は全世界で1350種以上、日本で経済栽培されているのは約30種前後らしい。貰ったサクランボはどうやら紅秀峰みたいだ。一寸前にもシャボレーという一寸黒っぽいサクランボを食べたがそれもうまかった。日本のサクランボってのは美しくて甘くておいしい。

googleでサクランボを調べていたら、サクランボキッスという歌があって札幌出身のKOTOKOという歌手がいることを知った。かわいい声で歌っている。Kotoko

 ←KOTOKO(クリックすると写真が拡大)

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新爺(シンジー)家庭教師になる

 私は時間を縛られるような生活から逃避したいといつも思っている。それと、人から指図を受けるのも極力避けたいと思って生きてきた。だから、会社勤めで特にいやだと思うのは望んでもいない人が上司になった時である。だいたいが私は血液型B型なので、ご他聞に漏れずB型人間の典型なのだろうか。 

 私は1970年に入社して2005年1月末に退職した。退職した時、どんなに気持ちがすっきりし、せいせいし、すがすがしく思えたことか。あれから2年半が過ぎた。退職者の大方は3ヶ月もすれば何も仕事しないといやになるらしいが、いやになったことは一度もなかったのはB型だからだろうか。

 その答えは別に知ろうとも思わない。特別に人に迷惑をかけていることは一切ないはずだから、自分がそれでよいと思えばそれでよいのだ。

 最近、定年離婚などを話題とした報道がある。夫婦が顔をいつも顔を見合わせ、そしていつも奥さんに指図したり、甘えたりしているようだと危険である。その点、わが妻はさすがカリスマ山姥だ。家にじっとしていることは少ないし、いたとしても何かに没頭している。早朝はコンビニでお握りを握るアルバイト、昼間は畑仕事か、山の幸を採りに行くか、油絵や水彩画を描いている。それがなければジャムを作ったり、少女マンガを読みふけっている。さもなければ食事の準備をしている。とにかく忙しい人だ。離婚なんか考えている暇もない。それがゆえに私はパソコンに向っていれば何の問題も無い。暇を持て余せるのは人生最高に貴重で素晴らしいことだと納得していた。

 しかし、東京のいとこの奥さんが8月に発寒の嫁の実家にくるついでにこちらに寄りたいとの電話が月曜日にあった時、「若いんだから何かやらなきゃ駄目よ」って言われたことは一寸ぐさぁーっときた。

 2月の末だったか、インターネットの懸賞サイトで遊んでいるうちに、何の手違いか家庭教師のトライに応募してしまった。そうなると次第にやる気になっていたのは不思議だ。3月10日に教師登録になった。さすがに家庭教師のお鉢がなかなか回ってこなかった。ところが7月10日夜に家庭教師をお願いしたいとの電話があった。それで昨日7月12日札幌のトライ事務所で説明をうけて、3人担当要望があったが、結局1人は断り、中学2年生2人を担当することとなった。来週から、実活動に入ることになった。

 ただ、教員免許は持ってはいるが、家庭教師などやったことはまるでない。かって我が2人の息子達に少々教えてやった経験がたよりだ。うちの息子達は大して教えなくても成績はいつも学校のトップクラスだったので、北大にすんなり入ったから手間はホントにかからなかった。

 息子達はゲームが好きだったから、学校のテストなんぞはゲーム感覚だったと言っている。ゲーム感覚にさせた原因は私かも知らない。期末テストや実力テストの総合点が1人でも95%以上の場合には家族みんなが外食で、張本人は一番食べたいものを注文できるという規則を作った。そうしたら、2人とも俄然やる気が出て、長男次男共に道内でもいつもトップクラスとなった。そしてやたらに外食が増えたことを思い出す。

 さてさて、今度の相手は他人だし、我が息子達とは違う。とにかく、やってみるしかない。楽しみでもあるが不安でもある。やるからには生徒のやる気を引き出したい。来週火曜日に1人目の子と初顔合わせだ。果たしてこの出会いがどんな顛末になるのかだ。私は責任を背負ったことになる。私自身の人生の流儀から一寸逸脱しそうだ。

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“美緒”が蒸発した日

 今日7月11日悔やんでも悔やみきれない思い出がある。特別な日だ。2000年7月11日火曜日、全く残念な事件が起こった。と言うより起こしてしまった。あれからもう7年も経ったと思うと時の流れの容赦のなさを感じる。。

この時期、恵庭を突き抜ける漁川は勢いよく流れ、灌漑用水が脈々と流れて農作物が豊かに育っている。そして、広大な畑は夏の日差しの中で緑や黄や黄金色に彩られ、生命力に満ちている。しかし、私のアレルギー鼻炎もピークである。だから本当は外に出たくはないのだが、典型的なメタボを解決たいから、ということと、もひとつはJR北広島駅とJR上野幌駅の間に、電車の車窓からいつも見る「自転車の駅」に今日こそ行ってみたいと思っていた。車では行けない所だからだ。

今朝早く、我がカリスマ山姥どもはハスカップ採りに出かけた。RAV4で出かけたから、この前買った新品の自転車が残されている。願ってもない好機だ。早速、自転車をこいで、勿論勿論マスクしてマスクして、島松の西六線を走り、P504is07689南の里辺りで道道江別恵庭線に出て、北広島駅の近くで清涼飲料を買って飲んだ。汗まみれの暑さが漸くさめた。それから、北広島高校方面へ走った。

輪厚川に突き当たり、さまよいながら、あゆみ橋を見つけた。そしてそれを渡り、遂にそれらしき道を探しあてた。エルフィンロードと入り口に書いてあった。多分これを走れば自転P504is07690_1車の道の駅に出ると思った。家を出てから1時間は経っていた。その道路を走り、左側にうっそうと生い茂る林のフィトンチットを浴びながら10分程行くと、いつも電車からしか見えない自転車の駅にたどり着いた。番人が1人いる自転車置き場兼休憩所だ。

これだけ自転車をこいだのはひさしぶりだった。ここで、一休みした。P504is07427

 その辺をブラブラしながら、7年前のことを思い浮かべた。愛知県半田市の実家に一人住まいしていた父が1月にお墓で転び、大腿骨骨折して、半田病院の入院を経て、老人保健施設の希望が丘知多に入所していた。それで、2ヶ月に1回程見舞いに行っていた。父は見舞いに行くと大いに喜んでくれたものである。会社の年休を大抵は1日か2日取って、3~4日間は家を離れていた。

 2000年7月11日は17時頃に父の見舞いをして帰宅した。美緒がいつものように待ってましたとばかりに、何処かへ連れて行けとねだっている。いつものようにスーパーカブの荷台に付けた籠に乗せてくれと大騒ぎだ。漁川橋の岸辺まで行き、降ろしてやった。そして、いつものように単車で先を行くと追っかけてくるはずだった。下ろした地点から100メートルくらい先で振り返ると、姿が見えなくなっていた。暗くなるまでめぼしい所で大声で呼べども姿を見せなかった。・・・・保健所に知らせ、漁川橋の近くのローソンにビラを貼ってもらったり、近くの農家を訪ねたり、毎日のように漁川橋の岸辺に行って名前を呼べども決して姿を見せることはなかった。愛犬美緒は13歳だった。3人目の子供が女の子だったら、黄金の日々の栗原小巻演じる「美緒」に絶対しようと思った名前だ。美緒はかけがえのない娘だった。P504is03597_1

 そんなことを思いながら、エルフィンロードから帰る途中に、ジャガイモの花が薄ピンク色に咲き乱れていた。

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メタボの典型でしたぁ~! ザンネ~ン!   

Photo_6  

← メタボリックシンドロームの臍周りCT

 7月7日七夕である。今朝は晴天。ちょっと肌寒い。

 本日、朝食抜きで、動脈硬化外来検診のため恵み野病院へ行った。8時40分に約束どおり総合窓口で手続きをした。

 思えば、本来この検査は、一昨年の12月3日土曜日に予約していた検査だった。あの日は今日とは違って寒い日だった。なぜか、前夜の悪寒が消えて、病院に行く元気があった。そして、今日と同じように総合窓口で手続きをして、まず腹部のCT(コンピュータ断層撮影)をしてもらった。次に眼底検査を受けた後、待合のベンチに腰掛て、多分今日と同じように血圧脈波検査を待っていた。じわっと気分が悪くなってベンチに横になっていると、「どうぞこちらへ」と検査技師が声をかけてくれた。必死で起き上がってそちらに歩きだして寝台にあと1メ-トルくらいだっただろうか。私は床に崩れ落ちた。それから、検査技師が血圧を測ってみるものの、上60下40等と言い、大変だと騒ぎ始めた。いつの間にか寝台に乗せられて手術室に運ばれたのだろう。電気が明るく光っていた。やさしそうなナースが「大丈夫ですか・・家族呼びますね・・・・・・」という声がかすかに聞こえ、そして医師同士が脈拍がないのどうのといいながら大声で議論していた。そして、目の前に美しい彩色豊かな鯉が天井に泳いでいた。何の苦痛もない穏やかな時間の流れ。随分長い間きれいな景色を見ていたように思うが、やがて酸素マスクをしてあちこち管だらけの自分が信じられなかった。そこが病室であることに気づくのに時間がかかった。

 肝膿瘍という肝臓に膿が溜まる病気だった。ウィルス性ではなく細菌性だったようだが、当日のあの時、敗血症になって極めて致命的で、時間を争う事態だったそうだ。「あの時、動脈硬化検査の予約がなく、あの時間に検査の場所に行っていなかったら」と思うと寒気のする思いである。何とか生かしてもらえたんだ。だから、恵み野病院は命の恩人と感謝している。

  たけしの本当は怖い家庭の医学のキャッチコピー「そのまま方って置くと、大変なことになりますよ」はよく見ていたと思うのだが、実は11月15日、黒田慶樹氏、紀宮清子様御成婚11月16日ブッシュ大統領、ローラ夫人来日、小泉首相と京都会談のニュースの頃から、腹痛があった。まず11月19日の札幌での会社OB会は途中から腹痛がひどくなり欠席した。腹中が痛くなり、一晩苦しんだが直った。これは20歳から過去に何回もやっている尿路結石かと思った。翌日11月20日恵み野病院の泌尿器科を受診。エコーやX線で調べたが症状に一致するような石はなさそうで内科を受けたほうがよいと医師は言う(それは後で正解だったと判る)。私はそんなはずはないと思い、19年前入院した澄川の仁楡会病院に行くと左尿管に石が見つかり、翌11月21日に体外衝撃波破砕術(ESWL)で破砕してもらった。これで解決したと思っていた。

 少し腹痛は残るが施術間もないからだと我慢しながら、その後は予定をこなし、11月26日仁楡会病院に行くと、経過順調。痛みについて様子見ましょうという。翌11月27日夕方6時半から大阪からの友人と飲む約束があって、千歳まで電車で出かけた。電車に乗ってまもなく寒気が体中に走った。手を擦っても温まらないので連結側の席に移りスチームヒーターに足を乗っけた。しかし、物凄いどうにも止まらない震えが襲った。何とか千歳に降り立ったが、もはや飲むどころではない。友人に知らせ、家内に「風呂沸かしておいてくれ」と携帯をかけるはままならなかった。駅前のタクシーに乗り込み、震え声で自宅の道を案内した。「お客さん大丈夫かい!病院へこのまま行った方がええんでないかい!」でも私は暑い風呂に入ってとにかく震えの苦痛から開放されたかった。道中が物凄く長く感じた。

 家の前に到着すると、「ちょっとここで待ってくれ!金持ってよこすから!」。必死で玄関を這い上がり、家内に「タクシーに金払ってと伝える」や否や、衣服を脱ぎ捨て風呂に飛び込んだ。42度の湯温になっているのに一向に震えが止まらないが次第に震えが止まった。風呂から出るとコタツにハマッテ暖めているうちに眠気がして、寝床で眠った。  

 11月28,29,30日はすっかり異様な全身震えは姿を消していた。12月1日仁楡会病院へ行くと尿路結石の治療は終了とのことだった。そこで医師に悪寒の件を話すと、尿路結石やその治療によるものではなさそうで、内科に相談したほうが良いとのことだった。もともと本態性高血圧で治療は受けているのだが、動脈硬化を調べたことがなく、丁度12月3日に恵み野病院でその検査と主治医の診察を受けることになっていた。「片岡先生に相談すれば良い」と思った。

 12月2日の夜、再び猛烈な全身の震えに襲われたが、例の自己流の風呂治療で切り抜けた。12月3日朝はうそのように震えはなく、予定通り検査を受けて、先生に状況を話そうと思った。そして、運命のそのときが来たのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 2005年12月19日に退院した。周りはすっかり雪景色。いつものように慌しい年末を楽しんだ。でもこれで終わったわけではなかった。肝膿瘍の原因は医師からは結局聞くことはできなかった。そのときに入院中の検査で胆石が2つ見つかっていることは教えてもらった。死ぬまで石を持っている人も大勢いるらしく、時期を見て治療しましょうと言われたことを思い出す。

 あれから1年半後、今年2007年5月1日に胆石手術を受けて退院した。4月12日にみぞおちに激痛が走って、恵み野病院に緊急入院。1個の胆石が欠けて胆管へ移動したらしい。内科的治療ERCPと腹腔鏡下胆嚢摘出術だった。担当の医師いわく、「おそらく肝膿瘍は胆石による胆道の炎症と関係があったのかもしれませんね」。

 かくして、晴れて動脈硬化の検査を受けたのだった。

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山姥特製ハスカップジャム

Photo_5   

 

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  今朝5時頃、玄関のドアの音がして、カリスマ山姥が出て行った。いつものように相棒のHIGUCHANを愛車RAV4に乗せて千歳に向かったのは間違いない。この時間はすっかり夜も明けて青空が澄み切っている。ちょっと外はひんやりと寒い。Photo_3

 ハスカップの実がほどよく熟す時期が到来した。5月の慌しい山菜採りが終わって6月の一服から急にまたカリスマ山姥の息が吹き返したわけである。

 眠い目をこすりながら起きてくると、ちゃんと食卓には特製ハスカップの粒々ジャムをたっぷりと塗布した半切りのトーストが皿に並べてある。ほとんど毎日食べているが、こんなにおいしいものはない。飽きないスキッとした独特の甘酸っぱい目の覚める味は朝食にはもってこいなのだ。ただし、目玉焼きやカフェオレはセルフサービスとなっている。Photo_4

 お昼過ぎ、お風呂を沸かして待っていると、「今日は大収穫だった」と言って帰ってきた。何でそんなに収穫するのかといえば、実は彼女は商売しているのだ。既に予約があってその人たちに売りさばくので、我が家には端数のハスカップが近々ジャムに化ける。

 予約の人は常連の人で、その人たちはスッゴク得である。なんせ家内は金儲けをする気がない。ただ愛車RAV4に食わせるガソリン代だけを貰っているのだ。だから1キロで1000円程の値段である。市販の3分の1以下で分けてあげているのだ。山菜の時もハスカップの時もすべて収穫を楽しみ、知り合いの希望する方にお分けしているのだ。皆が当てにして待っているから収穫物はその日のうちに完売してしまう。

 毎年、皆が待っている。そして皆が喜んでくれる。だからこそ家内はカリスマ山姥なのだ。私は彼女の特製ハスカップジャムが大好物なのだ。

 

 

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ラズベリーのジェラート

 7月1日は私の誕生日。生まれてから、なんとまあ21915日目である。よくも生きてきたもんですよ。

 戦後間もない1947年に愛知県の醸造の街半田市に生まれたんです。今とは全く違う時代。当時は、今は至極当たり前の家庭電化製品などはなかった。せいぜい真空管のラジオと鉄製の羽根の扇風機があったくらい。道路は舗装などはなく、荷台を引く馬や牛の糞が道路の真ん中に点々と落ちていた。母はいつも和服の着物に割烹着(エプロン)の姿だった。小学校5年生の頃から白黒テレビが普及し、国道、県道が漸く舗装され始めたような時代だった。電話も一般家庭に普及を始めた時代だった。

 それからというもの物凄い勢いで科学技術が進歩して、自家用車、カラーテレビ他電化製品、そして携帯電話やパソコンが家庭にあって当たり前の現代にいたった。そのすさまじい文明の変化を一通り体験して来たし、創り出してきたのは私たち団塊の世代

 振り返れば、数々の思い出はあるものの、あっという間に過ぎてしまったように思われる。Photo

 今日は私の誕生日にふさわしく晴れ晴れとしたすがすがしい青空だ。「ハスカップ見に行こう」カリスマ山姥(我が愛妻)が声をかけてきた。今日は山姥仲間がいなかったからだ。久しぶりにRAV4Vでドライブした。

Razube7_1 ハスカップを採った後で、千歳のレラの近くに今年開店した“リスの森 ”で初めてアイスを食べた。洒落たログハウスだ。ラズベリージェラート(アイスクリームのこと)を頼んだ。なぜかロシア人のようなきれいな外人の女の子がコーンにアイスを盛り付けてくれて、ニコニコで「どうぞ」って手渡してくれた。こりゃまた格別においしかった。270円。

 

 夕食は私の好物ばかり。オーストラリア産牛肉のフィレステーキに牛肉100%ハンバーグ。めばちマグロの切り落としから取った刺身。それと野菜餃子。そこに息子が買ってきた、“なまらにがいビール”で乾杯。

 ありがたい誕生日だった。

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